初心者による初心者のための小説DTP入門の原稿の残骸
はじめに
この文書の目的
この文書の狙いは、読みやすい小説の同人誌を作成するにはどうすればよいかを、主にDTPの観点から解説することにあった(が、この目標は断念を余儀なくされた1)。
主な対象読者は、小説の同人誌づくりの工程のうち、本文データ作成で悩んでいる人たちである。すなわち、
- 同人誌を作ってみたが、どうも本文が読みづらい
- 商業本に比べて見劣りがする
と漠然と感じている人や、
- Wordに小説本文を流し込んでみたが、『!?』が横倒しになって気持ち悪い
- ルビを振ると行間が空いてしまう
といったように、意図した通りのデータ作成ができず苦しんでいる人が該当する。
私の方針
今回、初心者向けということで、以下の方針を採用することとした。
- できるだけ安く
- ただし使用ソフトはWord
できるだけ安く済ませるに越したことはない。特に初心者の場合、いきなり高価なソフトに手を出すのはあまり賢いやり方ではないであろう。
ただし、使用ソフトはWordを採用した2。これは、初心者の場合Wordが最も操作に慣れていると考えられたからである。もちろん、WordがなければLibreOfficeで代用して構わない。
注意
私の独断と偏見が多分に混じっていることを留意されたい。
フォント
まずはフォントの選定からである。フォントは本文の印象を担う重要なファクターであり、慎重に選ぶ必要がある。フォントは商用のものを購入すると非常に高価なので、まずは無料フォントの中から選ぶことにする3。
結論から言ってしまえば、本文フォントは以下の4つのいずれかを使用するのが無難であろう。これらはすべて無料で使えるが、ただしヒラギノだけはMacにしか付いていない。
- 游明朝
- ヒラギノ
- IPAex明朝
- F910明朝W3-IPA
個人的には、MS明朝は避けたほうがよいと考えている。
MS明朝
MS明朝を使ってはならない理由は、端的に「読みづらい」からである。
そもそもMS明朝は小説向きのフォントではない。もともと、MS明朝は解像度の低いディスプレイ用に開発されたフォントであり、印刷向きではないのである。その証拠に、開発元のサイトを見ると、
そのころは、ディスプレイの解像度が低く、小さな画面で、いかに小さい文字まできれいに表示させるかということでいろいろな工夫をしました。
と書いてある。推測するに、MS明朝のひらがなが独特な形状をしている(直線が多用されていたり、少しばかり大きめだったりする)のは、解像度が低いディスプレイでも字が潰れず読めるように、という工夫だと思われる。
当時は大変役に立ったであろうそうした工夫は、我々の目指す「美しい小説本をつくる」という目的の前ではむしろ百害あって一理なしである。
游明朝
游明朝は、最も小説向きと言えるだろう。公式サイトには次のように書いてあり、小説用に開発されたフォントであることが明言されている。
游明朝体ファミリーは「時代小説が組めるような明朝体」をキーワードに、単行本や文庫などで小説を組むことを目的に開発した游明朝体Rを核とした明朝体ファミリーです。
游明朝は現在、Windows および Mac に標準で付属している。
なお、最新のMacには「游明朝体36ポかな」という仮名書体が付属している(游明朝の漢字部分と組み合わせて使う)。公式サイトを見ると、もともとは見出しフォントとしての使用を想定しているようである。したがって、本文フォントとして読みやすいのかどうか定かではない。場合によっては使ってみてもよいかもしれない。
ヒラギノ
ヒラギノフォントは、とにかく美しいフォントである。ファンも多い。「ヒラギノを目当てにMacを買った」という人も結構いる(フォント単体を買うよりMacごと買ったほうが安いので、しばしば「ヒラギノを買ったらMacがついてきた」と表現される)。
個人的な意見では、小説よりは横書きの文書に適しているように思うが、縦書きの小説に使用してもさほど問題はなかろう。
Macにしか付属していないのがちょっと残念である。
IPAex明朝
独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が作ったフォントである。無料でダウンロードできる。特に小説向きというわけでもないが、普通に本文書体として活用できるフォントである。
F910明朝W3-IPA
「現代的な骨格と古くからある味わいを融合した明朝体」とのことである。漢字部分は上で紹介した「IPAフォント」を、ひらがなやカタカナは「フォント910」という会社で作ったものを組み合わせて作られたフォントである。築地体というのか、仮名部分が古風な雰囲気なのが嬉しい。ただ本文に使うには、ちょっと仮名が大きいような気がしないでもない。
古風といえば「はんなり明朝」もIPAフォントの漢字に古風な仮名書体を合わせたフリーフォントだが、こちらは縦書きで使うと縦の線が揃わなくてあまり読みやすくない、という意見をどこかで見た気がする。真偽の程は定かではないが。美しさについては、最終的には自分の目で判断するしかないであろう。
版面設計
本文領域のレイアウトのことを、版面という。この版面設計こそが、小説本の読みやすさを左右する最重要の工程である。
基本的には、次の4点を決定することで、版面設計したことになる。
- 文字サイズ
- 行送りサイズ
- 1行あたりの文字数
- 1ページあたりの行数
文字サイズ
好きなフォントを選んだら、次に本文の文字サイズを決めよう。大きすぎても小さすぎてもいけない。基本的には市販の本を見て、それに合わせるのがよいだろう。
ところが、ここで我々はちょっとした壁にぶつかることになる。
実は、Wordでは市販の書籍の文字サイズを再現することができない!
どういうことか。
Wordで文字サイズといえば、「ポイント」という単位を使うのが普通である。例えばWordの標準設定では、本文の文字サイズは10.5ptである。一方、書籍で使用されている文字サイズは、ポイントではなく、「級(Q)」という単位で設定されているのである。これらは当然だが互いに換算可能で、例えば、「10pt」は約「14Q」である(これはちょうど、アメリカでは「1インチ」と呼ぶ長さを、日本では「2.54センチメートル」と呼ぶようなものである)。
さて、ここで問題なのは、Wordでは細かな文字サイズ指定ができないことである。例えば、私の手元にある角川文庫の本文サイズは「13Q」だが、これをWordで再現することはできない。「13Q」をポイントに換算すれば、大体「9.2pt」となるが、実は、Wordで「9.2pt」と指定することはできないのである。Wordは「9pt」「9.5pt」「10pt」のように、0.5ptずつしかサイズを変更できないからである。
したがって、Wordを使う以上、文字サイズに関しては市販の小説本を再現できない。諦めて、近い大きさを指定するほかない。ただし、たまたまぴったり換算できるときはある。例えば、「8.5pt = 12Q」であるから、本文を12QにすることはWordでもできる。
目安として、市販の小説本ではどういった文字サイズが採用されているか見てみよう。
- ライトノベルは軒並み「11.5Q」であるらしい(らしい、というのは、私はあまりラノベを読まないからである)。ポイントで言えば「8.2pt」くらい。これはかなり小さめであり、本文で使うにはギリギリの大きさであろう。中高生向けである性格上、安価に生産すべく、文字を小さくして紙面を節約しているのだと思われる。
- 手元の角川文庫(綾辻行人『Another』)や平凡社ライブラリー(丹治信春『クワイン』)は恐らく「13Q」(適当に定規で計測しているので定かではないが)。ポイントでは「9.2pt」くらい。文庫本などで広く採用されているように思う。個人的には、本文サイズとしては最低でもこのくらいはほしい。
- 手元の新潮文庫(筒井康隆『七瀬ふたたび』)は多分、「13.5Q」。「9.6pt」くらい。
このように、市販の小説本は13Q~14Qくらいであることが多い。
最終的には、自分の目で読みやすい字の大きさを探るしかない。この場合、ディスプレイだけで字の大きさを判断するのではなく、できればプリンタで印字してみて確認するほうがよいだろう。
行送りサイズと1行あたりの文字数
行送り(=「文字サイズ+行間」)は一般的に、文字サイズの1.5倍〜2倍くらいがよいとされる。1行あたりの文字数は、15〜50字が適切とされる。
ただし、行間の適切な大きさは、1行あたりの文字数によって変わるから、これら2つのパラメータは互いを見ながら調節する必要がある。一般的には、
- 1行あたりの文字数が多いなら、行間は広くとる。
- 1行あたりの文字数が少ないなら、行間は狭くてよい。
このことは、目線の移動を考えれば容易に理解しうるだろう。
1行読み終わって次の1行に目線を移動させるとき、1行あたりの文字数が多ければ多いほど、目線の移動量は多くなり、それだけ行を間違える可能性も高くなる。これを防ぐために、1行あたりの文字数が多い場合はそれだけ行間を広くする必要があるのである。
逆に、1行あたりの文字数が少ない場合は、行間を広くしすぎるとスカスカに見えてしまい、不格好だから、狭めで構わない。
1ページあたりの行数
行数を決める際は、「ノド」のことを考慮に入れる。「ノド」とは、本文を開いたときの、本の中側のことである。
あまりに行数が多いと、冊子を開いたとき、文字がノドに近すぎて読みづらいことになる。ノドはどんなに狭くても17mmが限界だろうと思う。できれば20mm以上は確保しておきたい。
そうしたことを計算しつつ、行数を決定しよう。文字サイズと行間はすでに決めてあるだろうから、それと紙サイズから計算して、ノドが狭くなりすぎないように行数を考える。
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筆者の執筆意欲の低下および技術力の不足が原因となって本文書は未完となり、こうして残骸のみが無残に読者の眼前に供されることとなった。よって、本文書に多大な期待はしないでいただきたい。本文書を読むくらいならば、「小説同人誌のための組版レイアウトとDTP」でも読んでいたほうがずっとためになることは疑いない。 ↩︎
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Wordは無料でパソコンに付属していると思っている人もいるかもしれないが、そうではない。実はWordは、単体で買うと1万円以上はする高価なソフトなのである。家電量販店でパソコンを買ったとき、もれなくWordやExcelがついてくるが、実はパソコンの代金にWord・Excel代が上乗せされているのだ。 ↩︎
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日本語の無料フォントについてもっと詳細な解説が欲しいならば、「小説同人誌向け明朝体フリーフォントまとめ」が網羅的であるから参照されたい。 ↩︎